夏期の千葉鉄道管理局は「夏ダイヤ」に移行して、大量の海水浴客を輸送します。
特に房総西線(現:内房線)沿線には海水浴場が多く、臨時列車の設定もたくさんありました。
この時期になるとDCの普通列車はすべて蒸気牽引の客車列車に置き換えられ、そのDCを急行にあてがうという
離れ業を演じたのです。そのため迷惑なキハ17を使用した急行列車が現れたのでした。
蒸気機関車もフル動員で、佐倉や新小岩で休車となっていたC57、C58には再び火が入れられ、普通列車と
臨時のさざなみ号の先頭に立ったのです。
68年(昭和43年)はそれでも足りず、落成したばかりのDD51を配置前に借用、客車急行の「うち房」が登場しました。
この夏、家族と泊まった民宿がなんと線路のそばで、撮影の方が忙しくて海に浸かっている暇がありませんでした。
当時はまだ鉄道写真を始めたばかりで、勾配など考慮して撮影はしていませんので煙の方はスカです。
また撮ったのは蒸気ばかりで、キハ17の急行は撮影していないのが悔やまれます。
撮影場所は富浦−岩井間で、カメラは父の「アイレス35」という、現存しないカメラで撮影しました。
C57−33牽引、早朝の上り普通124
C57−160牽引、下り普通137列車
C58−270牽引、下り普通139列車
電化用の架線ポールが立っていた

DD51−807、下り臨時急行「うち房55号」
9109列車
このDD51は磐越東線のD60置換用として落成したが、配置区に配属される前に助っ人として運用したもの。
貨物用のためSG(暖房設備)はない。牽引されるの客車はもちろん旧型客車(オハ35)です。

C57−8牽引、下り海水浴臨「さざなみ2号」9133列車
旧客の最後部には「さざなみ」のテールマークが取り付けられていました。
さざなみ号テールマーク '68.8.3 千葉

C57−160牽引、上り海水浴臨「さざなみ1号」9130列車 C58−165牽引、上り海水浴臨「さざなみ3号」9134列車
C58−165牽引の貨物、過密な旅客ダイヤの中でも貨物列車だって設定がありました。
富浦駅でDC急行と交換する貨物列車。

C57−33牽引、普通121列車、夕方になると海水浴客に代わって家路につく人々で客車は大盛況。
帰路のDC急行の中から撮影、木更津にて
69年7月11日 房総西線は千倉まで電化が完成し、急行うち房はさざなみ号とともに電車化されたために
68年の夏が蒸気機関車を使用した最後の夏ダイヤとなってしまいました。
70年夏に房総東線も無煙化が完了し、ここに千葉鉄道管理局から蒸気牽引客車列車は全て姿を消しました。